戦の図鑑

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大物崩れとは?幕府No.2細川家の内乱決着の決戦をわかりやすく図解解説!

大物崩れ

 今回は「大物崩れ」について解説していきます。

この戦いは細川晴元細川高国が、細川家の当主を競って争った戦いです。

この大物崩れでは、高国が有利だったにも関わらず、ある理由で晴元が勝利

細川家の内乱が決着することになりました。

大物崩れまで

まずは大物崩れが始まるまでを見ていきましょう。

細川家の後継者候補

細川家の当主である細川政元は、将軍に次いで権力を持っていて「副将軍」とまで言われていました。

細川政元

細川政元/出典Wikipedia

しかしその分敵も多く、体を洗っているところを襲われ42才という若さで暗殺されてしまいます。

しかも政元には実子がいなかったので、ここから細川家の後継者を巡って

  • 細川澄元
  • 細川高国

の2人の養子が争うことになります。

細川澄元と細川高国

細川澄元(左)と細川高国(右/出典Wikipedia)

※2人の争いは結果からいえば20年続くのですが、今回解説する「大物崩れ」は終盤に起こった戦いなので、序盤と中盤の争いは割愛させていただきます。

大敗してピンチの細川高国

2人の争いが18年続いたある日、澄元(既に病死)の嫡男である細川晴元は、高国と戦い大勝を収めました(桂川原の戦い)。

そして晴元は、足利義維という人物を「堺公方」と呼び、新たに政権を建てます。

一方大敗をした高国は、何とか近江国に逃げ

有力な大名の力を借りて、再び京都を奪還しなくては

と考え、

  • 伊賀国
  • 伊勢国
  • 備中国
  • 出雲国

と各地を転々とすることになります。

伊賀国、伊勢国、備中国、出雲国を転々とする細川高国

伊賀国、伊勢国、備中国、出雲国を転々とする細川高国

しかし高国は完全に勢いが無くなって晴元よりも劣勢の身。

助けたいと思う守護大名は、なかなか現れませんでした。

浦上家の援護によって巻き返す

しかし次に高国が訪れた備前国で、ついに協力者が現れます。

それが浦上村宗でした。

村宗は高国の権力を利用して、播磨国などにも勢力を広げたかったので、高国の要請に応じることにしたのです。

そして村宗は高国と協力したこともあって、ついに播磨国を統一。

播磨国を統一する浦上村宗

播磨国を統一する浦上村宗

勢いに乗った村宗は、高国の望みを叶えるため、京都の奪取を目指すことにしました。

そのため道中の摂津国に侵攻し、

  • 富松城
  • 伊丹城
  • 大物城
  • 池田城

を陥落させます。

富松城、伊丹城、大物城、池田城を落とす細川高国と浦上村宗

富松城、伊丹城、大物城、池田城を落とす細川高国と浦上村宗

しかも京都を守る木沢長政が、高国と村宗の侵攻を恐れたか京都から逃亡。

あっという間に高国は、京都を占領することに成功しました。

前哨戦~中嶋の戦い~

対する晴元中心の堺公方側は、三好元長(長慶の父)と大将とする軍で、中嶋という場所に陣取る高国と村宗を攻撃します。

細川高国、浦上村宗を攻撃する三好元長

細川高国、浦上村宗を攻撃する三好元長

この戦いは「中嶋の戦い」と呼ばれ、この後は大した戦闘は無く膠着状態になりました。

また元長の要請を受けた、阿波国を支配している細川持隆が、堺に上陸。

堺に上陸する細川持隆

堺に上陸する細川持隆

持隆は境に滞在し、晴元と義維を8000の兵で警護しています。

赤松政佑が援軍に……しかし

このように両軍は膠着状態になっていましたが、戦局が動きます。

赤松政佑高国と村宗の援軍に来たのです。

細川高国と浦上村宗の援軍に来る赤松政佑

細川高国と浦上村宗の援軍に来る赤松政佑

政佑は村宗の一族、浦上家の主君で、播磨国を支配していました。

そんな政佑がやって来たことによって、高国&村宗は優勢か……と思うのが普通ですが、むしろ戦局は元長の方に有利に展開していくのです。

大物崩れ

ここから大物崩れが始まっていきます。

赤松政佑の裏切り

政佑は村宗の主君」と先ほど説明しましたが、実は政佑の父の赤松義村は、村宗と対立し、暗殺されていました。

そのため政佑は、父を殺した村宗を恨み復讐の機会を狙っていました。

こういった事情があり、政佑は突如村宗を裏切って背後に攻撃を始めたのです!

細川高国と浦上村宗を裏切って攻撃を始める赤松政佑

細川高国と浦上村宗を裏切って攻撃を始める赤松政佑

高国と村宗は、政佑の裏切りを全く予想していなかったので、大慌て。

しかも軍は背後が弱点。高国&村宗は、一気に不利になっていきます。

三好元長が連携

政佑が寝返ったこのチャンスを、元長は逃しませんでした。

というよりも、政佑は事前に裏切ることを決めていて、元長に知らせていました。

なので、元長は最初から勝利を確信していたかもしれません。

政佑が裏切ったことを知った元長は、高国と村宗向かって正面から攻撃を開始。

赤松政佑と連携して攻撃を始める三好元長

赤松政佑と連携して攻撃を始める三好元長

高国と村宗は、前後で挟み撃ちされる状況となります。

挟み撃ちされて総崩れ

挟み撃ちされることは、戦いにおいて不利になります。

高国軍と村宗軍は、それから戦局を覆すことができず次々と討たれていきました。

その過程で、大将の村宗も戦死。あっという間に勝敗が決してしまいました。

細川高国の自害

村宗も死んだし、これ以上の抵抗は不可能だ

と悟った高国は、兵を置いて大物城へ逃走を開始します。

大物城へ逃げようとする細川高国

大物城へ逃げようとする細川高国

ですが、大物城には既に赤松軍がいたため入城を諦め、近くの藍染屋に逃げ込みました。

しかし高国は三好一秀によって、翌日に捕まってしまいます。

なぜかというと、一秀は近くに住む子供たちに

高国を見つけられたら、ここにある瓜全部あげるよ

と言っていたため、だと言われています。

このような形で捕まった高国は、その3日後に自害。

こうして大物崩れは、晴元の勝利で幕を閉じました。

その後

この大物崩れの勝利によって、晴元に主だって対立する一族がいなくなり、ついに20年間も続いた、細川家の後継者争いが終結することになりました。

また元長はこの後、一向一揆に敗れて自害しています。

まとめ

  • 細川家の後継者争いのため、大物崩れが起こった
  • 赤松政佑の裏切りによって、三好元長率いる細川晴元軍が勝利した
  • 大物崩れによって細川高国が自害し、細川家の後継者が決まった

最後まで読んでいただきありがとうございました。