戦の図鑑

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天文の乱とは?6年間続いた伊達家最大の内紛をわかりやすく解説!【図解】

天文の乱

 「天文の乱」は伊達政宗の祖父と曾祖父にあたる、伊達稙宗伊達晴宗親子との間で起こった身内争い。

この「天文の乱」は6年間もの間続き、奥州の様々な大名を巻き込む大乱となりました。

天文の乱まで

家族を利用し勢力拡大

この時の伊達家は、あまり大きな力を持っていない奥州の一大名でした。

そこで当主、伊達稙宗は

伊達稙宗
他の大名たちに後継ぎとして自分の子供を送って、いろんな大名を従えてやろう
 

 と考えます。

その結果、20人近い子供を送り込んだ稙宗は

  • 最上家
  • 相馬家
  • 蘆名家
  • 大崎家
  • 葛西家

などの大名を従えることに成功したのでした。

最上家、相馬家、蘆名家、大崎家、葛西家を従える伊達家

父の行動にキレる伊達晴宗

このように、独自の血縁戦略で勢力を拡大した稙宗でしたが、この手法は良い事ばかりではありません。

  • 娘婿に領地をあげようとする
  • 三男に上杉家の養子に行かせようとする

などをしたことにより、以前から父に対して不満を持っていた長男の伊達晴宗

伊達晴宗
このままでは伊達家の領地が減るし、弟たちが皆他家に行ってしまうから父を倒そう
 

 と稙宗に対して背くことになったのです。

天文の乱

スキをついて稙宗を幽閉

稙宗を倒すことを決意した晴宗は、鷹狩りの帰りを狙って稙宗を捕らえることに成功します。

そして稙宗を西山城に閉じ込め

伊達晴宗
これからは俺が当主だ!
 

 と、新しく当主になろうとしました。

稙宗の脱出

しかし、稙宗の側近が稙宗を救出すると、事態は急変します。

脱出に成功した稙宗が娘婿の居城、懸田城に逃れ各地の親戚大名に助けを求めたのです。

懸田城に逃げ、周辺大名に助けを求める伊達稙宗

奥州が2つに割れる

しかもこの要請に

伊達稙宗
晴宗を倒すために力を貸してくれ!
 
是非とも一緒に倒しましょう!
 
稙宗の親戚の大名

と協力する大名が多かったことから、次第に稙宗が優勢となっていきます。 

勢いに乗った稙宗派は、晴宗派に攻撃を仕掛け、

  • 陸奥国の一部
  • 出羽国の一部

を占領していきました。

柴田郡、長井郡を占領する伊達稙宗陣営

こうした戦果により、誰もが稙宗がこの身内争いに勝利すると思われました。

稙宗陣営の仲間割れ

しかし、またも事態が急変します。

稙宗派の田村隆顕蘆名盛氏が仲間割れを始めたのです。

蘆名盛氏

蘆名盛氏/出典Wikipedia

その結果、盛氏が稙宗を裏切って晴宗派につくことになり、その流れに便乗して稙宗を裏切る大名が増えたことから、次第に晴宗が有利となりました。

晴宗の有利で集結

そんなタイミングに、将軍の足利義輝から

足利義輝
私が仲裁人になるから、争いを止めないか
 

との手紙が届きます。

いくら地方で力をふるっている伊達家でも、さすがの将軍には逆らえません。

そのため、「稙宗が隠居して、晴宗が新たに当主になる」という晴宗寄りの条件で、天文の乱は終結したのでした。

その後

この天文の乱によって周辺の大名を巻き込んだ伊達家は、それからは力を失っていきました。

そのため、伊達家が再び繁栄するのは晴宗の孫、伊達政宗の代を待つことになります。

【参考】

天文の乱 - Wikipedia

伊達稙宗 - Wikipedia

伊達晴宗 - Wikipedia

柴田郡 - Wikipedia

置賜郡 - Wikipedia